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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)6632号 判決 1980年2月05日

原告 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 蒔田太郎

被告 乙山春子

右訴訟代理人弁護士 小林芳郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、別紙目録記載の土地建物につき所有権移転登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和四八年三月二八日、当時別紙目録記載の土地建物(以下「本件土地建物」という。)を所有していた株式会社長谷部商店から本件土地建物を買い受けてその所有権を取得した。

2  本件土地建物につき、同年同月三一日、株式会社長谷部商店から被告に対する所有権移転登記がなされているが、これは、原告から被告に対して請求し次第、被告から原告に対し所有権移転登記手続をするとの原被告間の合意によるものである。

3  よって、原告は、被告に対し、本件土地建物につき、所有権移転登記手続をなすことを求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求原因1のうち、昭和四八年三月二八日当時、株式会社長谷部商店が本件土地建物を所有していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

同商店から、同日、本件土地建物を買い受けたのは被告である。被告は、原告を代理人として、同商店から代金一〇〇〇万円で本件土地建物を買い受けてその所有権を取得した。

2  同2のうち、同年三月三一日、原告主張のとおり株式会社長谷部商店から被告に対する所有権移転登記がなされていることは認めるが、その余の事実は否認する。

三  抗弁

被告と原告とは、昭和三六年以来、妾関係にあり、昭和三八年七月三〇日にはその間の子夏子が出生している。したがって、仮に、本件土地建物を原告が株式会社長谷部商店から取得したものであるとしても、原告は、被告をこれに居住させ、その間の妾関係を維持継続するために本件土地建物を被告に贈与し、前記のような被告に対する所有権移転登記を経由したものであるから、これは不法原因給付に当り、その後、被告との間の妾関係が解消したことから本件土地建物の所有権移転登記を求めることは民法七〇八条の規定により許されない。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認し、その主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  昭和四八年三月二八日当時、株式会社長谷部商店が本件土地建物を所有していたこと、同月三一日、本件土地建物につき、同商店から被告に対する所有権移転登記がなされていることは、当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を併せ考えると、次の事実を認めることができる。

1  被告は、昭和三六年春ころ、原告と知り合って、間もなく情を通じるようになり、以後昭和四九年ころ原告と別れるまでの間、もっぱら原告の援助を受けて生活するという妾関係にあった。その間、昭和三八年七月三〇日に原被告間の子夏子が出生したが、その後昭和五三年三月三〇日、夏子は原告とその妻花子の養子となった。

2  被告は、原告と妾関係になった当時においては無資産であり、昭和四一、二年ころから原告の資金援助によって料亭を経営したとはいうものの、単にその業務に従事するだけであって、その経理等はすべて原告の経営する○○電工株式会社が行い、その収益の有無等を知ることも、またこれをみずからの手にすることもできない立場であった。

なお、右料亭の建物は被告みずからが買い受けたものではなかったが、原告は、当時においては被告との妾関係を維持継続する目的と、さらには、いずれは同建物がその子夏子のものになるものと考えて、被告に対し同建物は被告のものであるとの趣旨のことを告げたりなどして、同建物の所有名義を被告とした。被告としても、原告と右のような関係にあり、原告に対しなんら疑惑の念など持っておらず、またその必要もなかったので、原告の右のような言動を聞き流しており、みずから原告に関係なく右建物を処分できる立場ではなかったことに全く関心を持っていなかった。

3  右のような状況であったため、右料亭はその後約二年ほど経営されたが、原告はその一存でこれを廃業してその建物を他に処分し、昭和四三年七月三日、東京都台東区浅草三丁目六〇番地、六二番地一所在の鉄骨造陸屋根三階建の建物を買い受け、これもまた前同様の目的、考慮からこれを被告所有名義とし、ここで被告に美容院を経営させたが、これも約一年ほどでその一存で廃業して右建物を他に処分した。このような原告の行為に対し、被告は殆んど異議を述べることなく、原告のなすがままに任せ、それに従っていた。

4  当時、原告は、その経営する○○電工株式会社の経営が苦しくなっていたところから、前記建物を処分した代金の一部を同会社の営業資金等に充てていた。

5  同時に、原告は、被告と夏子の住居を確保しなければならなかったため、その経営する○○電工株式会社の丙川竹子に対する貸金債権の代物弁済として、昭和四四年九月一九日、本件土地建物を右会社名義で取得し、その二階に被告と夏子を居住させ、一階を右会社の倉庫として使用するに至ったが、前記美容院の建物を処分した代金の一部は本件土地建物を取得するためにも充てられた。

6  原告は、本件土地建物を取得後、昭和四四年一一月一四日にこれを丸善電工株式会社へ、昭和四五年一一月三〇日にこれを株式会社長谷部商店へ、それぞれ譲渡担保に供したが、昭和四八年三月二八日、株式会社長谷部商店に対して右債務を弁済し、本件土地建物につき、同年三月三一日、株式会社長谷部商店から被告に対する所有権移転登記を了した(かかる所有権移転登記がなされたことは当事者間に争いがない。)。原告がこのように本件土地建物につき被告所有名義としたのは、前同様被告との間の妾関係の維持継続を目的とし、将来において本件土地建物がその子夏子のものになるとの考慮からであった。

7  右の株式会社長谷部商店に対する債務の弁済については被告を債務者として、昭和四八年四月二五日、足立信用金庫から金一〇〇〇万円を借り受け、本件土地建物につき抵当権を設定しているが、これらはすべて原告が一存でなしたことであって、被告は全く関与していなかった。

8  その後においても、原告は、本件土地建物を担保に供しているが、これは原告が被告の実印等を自由に使用し得る立場にあったため、被告の知らない間に原告がなしたものである。

9  被告は、原告と別れて後において、本件土地建物がみずからの所有名義となっており、これにつき本訴提起に至るまで原告から全く異議等を述べられていなかったところから、当然本件土地建物が自分の所有になっているものと考えており、前記本件土地建物を株式会社長谷部商店から取得するために融資を受けた足立信用金庫への返済を、本件建物の一階部分を他に賃貸した賃料でもってなしている。

以上の事実によれば、原告は、昭和四八年三月二八日、当時妾関係にあった被告の名を用いて株式会社長谷部商店から本件土地建物を取得し、この取得に要する費用も同じく被告の名を用いて足立信用金庫から借り受けたものと認めるを相当と(する。)《証拠判断省略》

三  そこで、被告主張の抗弁について判断する。

右二において認定した事実によれば、原告は、昭和四八年三月二八日当時妾関係にあった被告との関係を維持継続する目的と、さらにはその間の子夏子の将来の生活の安定をも考えて、株式会社長谷部商店から取得した本件土地建物を被告に贈与する意思で、これにつき被告に対する所有権移転登記を了したものと認めるを相当と(する。)《証拠判断省略》

そうだとすると、その後、原告と被告との間の妾関係が解消し、さらには夏子が原告とその妻花子の養子になったため右贈与の目的が消滅したことから、被告に対し本件土地建物につき所有権移転登記手続を求めることは、原告が被告との間の妾関係の維持継続を主たる目的として本件土地建物を被告に贈与し、その旨の所有権移転登記を了したことは不法の原因のための給付であるから、被告に対しその返還を求めることは許されないものというべきである。

よって、被告の抗弁は理由がある。

四  以上説示のとおりで、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邊昭)

<以下省略>

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